鬼嫁・ダメ主婦・元店員・・・ですが何か?
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 本年もどうぞご贔屓に。
2016年01月21日 (木) | 編集 |
松の内も鏡開きも過ぎてしましましたが、まだ皆様に新年のご挨拶をしておりませんでした。

というのも、およめっち個人的に喪中(昨年3月に祖父が亡くなったので)としておりましたので、この時期に改めまして・・・

寒中お見舞い申し上げます。

皆さんお元気ですか。
風邪ひいてませんか。
インフル、流行ってますが巻き込まれていませんか。

どうも今年の冬の風邪はしつこいです。
喉の痛みから始まり、微熱・頭痛・鼻水・声枯れとレジ打ちにとってはあまりに過酷な症状。
鼻水垂れても鼻かめない。
暖房の効いた店内で数時間延々と喋りっぱなしになるので喉は常に乾燥状態。
時間が経つにつれて、酒灼けしたようなしゃがれ声になってきます。
水分補給したいけど、客列切れなくて補給に行けない。。。

接客なのでなるべくマスクはしたくないですが、風邪ウイルスをまき散らすわけにもいかず、鼻垂れた姿をお客様にお見せするわけにもいかず、仕方なくマスク装着でレジしてます。
目と眉しか出てないので、感じ悪く見えちゃうかもしれない。
マスクの中では笑顔作ってるんだけど、お客様からは見えないもんね。
昨夜は思い切ってマスク取って接客したのですが、店内の乾燥した空気はモロに喉にくるし、なぜか左の鼻だけ鼻水出っ放しだし、たまに痰がからんで天竜源一郎みたいな声になったりでツラかった。

明らかに風邪ひいてるよなーって店員が
①マスクもせずに鼻水垂らしながら、時に咳き込みながら、天竜ボイスでニコニコ接客
②マスクしていて対策しているのはいいけれど、表情わからず声も聞きづらくてなんとなく感じ悪く見えてしまう接客

お客様から見ると、どちらが良いのでしょうね?(笑)
 

年が明けて急に寒くなりましたので、皆様もどうぞご自愛くださいませ。
 



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 本年もよろしくお願いします
2013年01月07日 (月) | 編集 |
1月も7日になってしまいましたが・・・

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
本年もどうぞよろしくお願いします。


12/29~1/5の間、広島へ帰省しておりました。
今回の帰省は、とにかく「疲れた」の一言。
これまでの帰省で、一番疲れたかもしれません。
・・・正直、思い返すだけでも疲労が蘇ってくるので、帰省の話はナシで。


さて、今日は1月7日“人日(じんじつ)の節句”です。
『七草がゆ』食べましたか?

我が家ではいつもは朝ごはんを食べません。
夫婦ともに、独身時代から朝ごはんを食べない生活だった・・・というより、朝食を食べる時間があったら少しでも寝ていたいというのが本音なんですが(笑)

そんな我が家でも、今朝はちゃんと七草がゆを食べましたよ~。

七草セット 
たいてい、前日にはスーパーでこういうセットが売られています。
およめっちも昨日買ってきて、昨夜のうちにきれいに水洗いして、さっと茹でたら水気を絞って細かく刻んでおきました。
本当は米から作るのですが、昨夜の夕飯のご飯が残っていたので、それを利用して朝ちゃちゃっと調理。

七草がゆ
塩味だけのお粥は苦手なので、ほんの少しだけ「だし」を入れ、かっぱ寿司で販売されている「かっぱ茶」を少々加えて茶がゆ仕立てにしました。

かっぱ茶 かっぱ茶、便利です(笑)
 


 ほんと、申し訳ない。。。
2012年09月14日 (金) | 編集 |
え~と。。。

最近、このブログの2012年02月27日の記事『サミタが起動しなくなった件』へのアクセスが増えてまして。。。


なんでだ?と思い、ちょいと解析をたどってみました。
するとどうやら、Googleさんで “サミタが起動しない” で検索すると

検索結果

なんと、検索結果の一番上
件のページが表示されているらしいことが判明 (゚д゚)!

ちなみにYahoo!さんで “サミタ 起動時にフリーズ” で検索した結果も

Yahoo結果

やっぱり一番上のようです。。。


いやぁ・・・ホント、すみません。
きっと、藁にもすがる思いでおいでくださったのでしょう。

バスター使いの方には多少お役にたてた “かも” しれませんが
そうでない皆様にとってはまったく使えない記事だったことと思います。

この場を借りて、お詫び申し上げますm(__)m

ほんっっっとに申し訳ない(´・ω・`)


・・・っていうか、なんで公式や2chのログサイトより上位にあるんだろう。。。
すごく申し訳ないのでどうにかしてほしい・・・(>_<)
 


 ただいま。
2011年09月05日 (月) | 編集 |
ようやく、自宅に帰って来ることができました。

なんだかんだで、結局3ヶ月弱・・・・・・短かったようで、やっぱり長かった。


親を亡くした後の諸々の話を、数回に分けて記しておこうと思います。

今日は法要の話



母の家は真言宗でした。

実は、母が亡くなる3ヶ月前に母方の祖母が亡くなってまして。
母が亡くなる前日が「百箇日法要」だったんです。
祖母の百箇日を無事終えて、気が抜けちゃったんですかね。。。
まさかその翌日に母が逝ってしまうとは思ってもおりませんでした。

母に関しては、通夜・葬儀の後、初七日こそ葬儀当日に済ませたものの
そこから二七日・三七日・四七日・・・・・・七七日(四十九日)までは毎週法要(追善供養)があり・・・
その合間には「月命日」なんかもあり・・・
ようやく四十九日が終わって納骨したと思ったら、今度は祖母の初盆供養・・・


およめっち家は広島人らしく浄土真宗(安芸門徒)。
浄土真宗では、『往生即成仏』・・・つまり亡くなったらすぐに阿弥陀如来様のお導きで極楽浄土へ!!という考え方なので、亡くなった人の冥福を祈るという概念もなければ、成仏のためにお供え物をしてお経を上げる“追善供養”という概念も無いんですね。
浄土真宗での「供養」の考え方は、極楽浄土で仏となった人の徳をしのび、「私」を必ず救ってやろうぞと働き続けてくださる阿弥陀様を褒めたたえるという「讃嘆供養」(さんだんくよう)。
法要も四十九日だけは法要をしますが、それまで毎週毎週・・・なんてことはありません。
(もっと言えば、「位牌」もないです。)

だからビックリですよ。
な~んでこんなにしょっちゅうお寺さん来るの!?って。
とにかく、暇がないくらいお寺さんが来てました。

平日は役所や銀行、その他の手続きに忙殺され・・・わずかな休息日のはずの週末は法要ラッシュ。
お盆も大変でした。
浄土真宗ではお盆だからといって特別なお飾りや迎え火、送り火といった風習はありません。
初盆飾りをしたのも初めての経験でどうやったらいいのかさっぱり分からず、ネットで調べながらの手探り状態。
8/7に祖母の初盆のお経をもらって、また8/15には先祖代々のためのお経をもらって、それとは別に「施餓鬼供養料」も出さなくてはいけないし・・・
(ちなみに浄土真宗には施餓鬼の習慣もありません)
いやらしい話ですけど、お寺さんが来るってことは、そのたびにお布施+お車料を包まねばならないわけで。
正直、追善供養+月命日+納骨+お盆+施餓鬼供養だけで、もう一回葬式ができるくらいのお金が消えました。

母が住んでいた市営住宅を退去しなければならなかったため、さすがに百箇日法要まではできないってことで、四十九日で弔い上げにしてもらいましたが。


もちろん「供養」ですから惜しむつもりはないですが、ここだけの話、浄土真宗に改宗させようかと、かなり本気で思いましたね。。。
それでもどうにか、母の四十九日(納骨)と祖母の初盆までは終わらせることができました。

初盆といえば・・・
母が亡くなったのが6月初旬だったので、およめっち的には母も今年が初盆だと思っていたのですが、
菩提寺のご住職曰く、
「百箇日が終わってないから初盆にはならない」とのことで、母の初盆は来年ということに。。。

実は、ここが未だに腑に落ちないんです。
四十九日が終わって最初のお盆が初盆なんじゃないの?と。
なんで基準が百箇日?




 しばらくお休みします
2011年05月31日 (火) | 編集 |
先頃、話題にしておりました母が、いよいよ在宅でのターミナルケアに入りました。

母が頼れる身寄りと言えば、弟だけ。
しかし弟は仕事を持っており、常に母のそばについていられません。
母は、弟に仕事を辞めさせてもいいと思っていたようですが、後々のことを考えればそういうわけにもいかないでしょう。

そこで、私が母の家に行き、母と同居することにしました。
母は私にそこまでさせるつもりは無かったようですが、
「また親子として一緒に暮らそう。こんなことでもなければ、きっとこんな機会はなかったと思うし。」
と言う私の言葉を受けて、同居に同意してくれました。


本当は、私自身、同居を決めるまですごく悩みました。

30年以上も前に、まだ幼かった私を置いて、父と別れた母。
私は父の戸籍に残ったため、その時点で戸籍上は母と私とは縁が切れており、さらに私は今は他家に嫁いだ身。
そんな立場の私がそこまでするべきなのか。。。
もちろん、別れたとはいえ産んでくれた実母であることには変わりなく、娘として純粋に母のことは心配です。
だからこそ、少しでも手伝えることがあるなら・・・と思うわけで。

でも・・・
果たして私が母を想うほど母は私を想ってくれているのか。。。
私一人が空回りしているだけなんじゃないか。。。
30年以上も“他人”だったのに、今さら“親子”として生活できるのか。。。



私は一体どうすればいいのか、どうするべきなのかが分からず、数日間あれこれ思い悩んでは涙ばかりが出ました。

「自分が納得できるようにすればいい」というご亭主の言葉。
「相手がどう思っても、自分が娘として後悔しないように、できる限りのことをすればいい」という実家の叔母の言葉。

そんな言葉に背中を押され・・・

でも、最終的に私の気持ちをラクにしてくれたのは義母(ご亭主のお母さん)の
「またお母さんと過ごせるね。思う存分、看てあげなさい」
という一言でした。

本来なら、「なぜアナタが別れた母親のためにそこまでしなくちゃいけないの?アナタはもうウチの嫁なのに、立場が違うんじゃないの?」と言われても不思議ではなかった。
それでも、義実家に黙って行くわけにはいかない。
相当の覚悟を決めて、それでも怖くてご亭主から連絡してもらい、後に電話を変わってもらったのですが、本当に快く了承してくれました。
その気持ちがありがたくて、電話口で号泣してしまいました


親子に戻れなくてもいい。後悔だけはしたくない。
だから、私は母のところに行く。他に理由なんかいらない。
これが、私の出した結論。



・・・というわけで、6月からしばらく家を離れることになるため、このブログをしばらくお休みさせて下さい
いつまでになるかは、いまのところまだわかりません。
3ヶ月かもしれないし6ヶ月かもしれない。
もしかしたら1ヶ月もないかもしれません。
積極的治療は拒否するという意思表示を母自身がしてしまったため、恐らく・・・・・・母の最期を看取るまでになると思います。


数週間に一度くらいのペースで千葉に戻るつもりなので、ひょっとしたらその時に愚痴や泣きごとを書くかもしれません。
その時はどうか、厳しく尻を叩いてやってください。
 

最後に。。。

皆さん、がん検診は受けましょうね。
 
では、行ってきます。
 



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